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実績・事例performance

NEW理化工業 森嶋 勲 社長

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日系会社 理化工業

本社大阪府八尾市。
1962年創業の熱処理会社。
従業員73名

 

外国会社 Pinthong Group

創立は1940年。現在、23会社で構成されており、4事業を展開している。登録資本金は、22億バーツ。従業員数は1800名弱。

M&Aを検討した経緯

タイに進出したいと考えていたが、具体的にどうすればいいのかわからなかった。当初、まさかM&Aをするとは考えていなかった。KCPよりM&A、合弁組成について提案があった。

 

KCPを選んだ決め手は

KCP代表パートナーの楠本氏とお会いしたとき「タイで成功しようと思ったらタイ人と組むことです。タイ人といっしょに仕事をする。タイで税金を払うということです。単独で進出する、日本人だけで仕事をする、名義を借りる、という志の低い進出をすると儲ける力のない形ばかりの会社しかできない」と言われ、感銘を受けた。「契約をするとして具体的にどうコンサルしてくれるのでしょうか」と聞くと「かたっぱしからタイの熱処理会社をいっしょに周りましょう。なにかが起きます」と答えられた。納得できたので契約を締結した。

ジュタワン・グループの熱処理会社とのM&Aにいたった経緯と決断された理由は

契約後、タイのほとんどすべての熱処理会社を楠本代表と私、弊社の社員らと訪問。すべての工場設備を見学し、オーナー、社長さんたちと面談した。10社以上周ったあと、ピントングループのジュタワンメタルラボを訪問した。弊社と同じ設備で同じような事業内容だった。同日、先方から再度会いたいと要望があった。後になってわかったことだが、ジュタワン・グループにとって熱処理はコアのビジネスでなかった。日系の顧客が少なく、ノウハウ不足等で思うように収益があがらず、同社の将来像を描けず悩んでいたところに、われわれがタイミングよく訪れたらしい。手直しは必要だったが、工場設備はある。従業員はいる。ライセンスはある。顧客もいる。われわれのノウハウがすぐに活かせる会社だと判断しM&Aに踏み切った。

 

M&Aを振り返っての感想を

同業他社で、単独で進出し誰の助けも得ず、ゼロから会社設立、工場建設、従業員採用、トレーニングをした会社が苦戦しているのを見るにつけ、M&Aをしてよかったと思う。ある単独で進出した日本人社長は「タイ人には忠誠心のかけらもない」とはきすてたことがあったが、弊社のタイ人は全員まじめに働いてくれるし、会社にしっかり忠誠心があるのを感じる。タイに進出したことで日本本社の従業員が自主的にタイ語や英語の勉強会を開催し出した。日本人従業員はタイ出張を楽しみにしているし、タイ人従業員も日本に出張することを喜んでくれている。駐在している日本人2名も経営者の顔つきになってきた。M&Aを機に本社の士気も大きく向上した。タイで足場を築き、より国際化を図りたい。

M&A成約後の状況

新会社に生まれかわったのを機に、全従業員を招待してパーティーを開催した。これからは厳しいことをいうかもしれないが、できるだけ早急に黒字化を図り、この工業団地でもっとも給与ベースの高い会社にしたいと訴えた。タイの景気後退などの影響を受け、目標としていた初年度からの黒字はできなかったが、3年目の今年、黒字化が視野にはいった。

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KCP担当より

同社の森嶋社長とは苦労しながら熱処理会社を徹底的に周った。結果としてよいパートナーが見つかった。クロスボーダーのM&Aなので契約書の重要条項に関しては双方がゆずらす長期間にわたって交渉した。議論が白熱しすぎた感もあったが、雨降って地固まる。かえってタイ側経営陣とは友情ができてよかったといえる。契約書にサインしたときに思わずこみ上げるものがあった。あるひとからこのM&Aについて「ラッキーでしたね」と言われたが、あれだけの苦労をラッキーで片づけてほしくない。どしゃぶりの雨のなか遠くの工業団地まででかけ、まったくの徒労に終わる日も何回もあった。「苦労に苦労を重ねて、ラッキーを自ら創造し、勝ち取った」というのが実感だ。交渉中、ある大学教授から「森嶋社長の白髪がふえたが、大丈夫ですか」と聞かれた。「私は後頭部がハゲてきましたが、大丈夫です」と答えた。森嶋社長とは戦友だ。